シンガポール祭りについて

インタビュー・文/岡村詩野


私がマーライオンに最初に会ったのはもう6、7年ほど前のこと。“下北沢の《Three》にライヴを観にきてる”とツイートしたところ、それを見たマーライオンが《Three》までやってきて、終演後に外で私を待っていてくれたのだった。マーライオンって名前で音楽やってます。CDを渡したくて来ちゃいました。驚いた。今時そんなアナログなやり方で届けてくれる若いミュージシャンがいるんだ、と感動した。
もちろんマーライオンのことは知っていた。面白い存在だと思っていた。フォーク、オルタナ、ヒップホップ、ブラジル音楽……などなどのクロスオーバーはまだ今ほど表出していなかったが、それでも一体どこに帆先が向いているんだろう、でも、ポップであることの絶対的な信念とそこへの忠誠心はどんな曲でも決して揺らがない、得体の知れない面白さがここにあるということだけはわかった。
その揺るぎない信念を支えているのは、ズバリ、歌。歌を支柱にしつつも、あっちこっちに行き先を変えながら大海原に船出してはまた港に戻ってくるような奇妙な存在感は、最新作『ばらアイス』が曽我部恵一のレーベル=ローズからアナログ・レコードとしてもリリースされた今も、全く変わってはいない。

そんなマーライオンが主催するライヴ・イベント《シンガポール祭り》がいよいよ近づいてきた。
イベントが開催されるのは二箇所。長野編は10月27日、東京編は11月4日。出演するのはそれぞれ少しずつ違うが、主催のマーライオン、そしてシンガポールの男性ミュージシャンのサシャと日本人女性の小川史奈による新ユニット=Chirizirisは両日共に登場することが決まっている(詳細はこちら)。

マーライオンという名前の由来からして、彼がシンガポールにいくらかの思いがあるのはわかっていたが、まさか本当にシンガポール在住のアーティストを日本に招聘することになるとは驚くばかりで、その行動力と愛情たっぷりな活動姿勢には思わず拍手を送りたくなる。
出演者たちの詳しい紹介については別枠を参考にしてもらうとして、とりあえずは開催を間近に控えるオーガナイザー、マーライオンにその見どころを語ってもらおう。いみじくも、マーライオンというアーティストの現在の熱い心意気が伝わってくるインタビューにもなったので、『ばらアイス』以降の彼の手応えのほどと活動の本音をぜひ読んでいただきたいと思う。(インタビュー・文/岡村詩野)

――今回の《シンガポール祭り》はそもそもどういうきっかけで開催することになったのですか?

マーライオン(以下、マ):去年の冬…ちょうど僕、マーライオンのアルバム『ばらアイス』を出す前だったんですけど、Chirizirisというユニットをやっているシンガポール在住のサシャくんから「日本に行ってライヴをしたい」と言われまして。
サシャくんに言わせると、シンガポールでは彼くらいのミュージシャンがライヴをするところがあんまりないらしいんですね。それに、彼は日本の音楽にとにかくすごく憧れがある。
だったらただChirizirisのライヴをやるだけじゃなく、マーライオンの主催で何か企画しようかということになってイベントを計画してみたんです。

――Chirizirisはバングラディシュ人でシンガポール在住のサシャくんと、日本の小川史奈さんによる国境を超えたユニットですね。

マ:小川さんはもともと2011年から2013年ぐらいにかけては“うみべのまち”というバンドで活動していて。明治学院大学の音楽サークルの仲間同士で結成されたバンドだったんですけど、そこで彼女は曲を作ってドラムを叩いていました。
そんな小川さんがSoundcloudにあげていた個人としての音源を聴いたサシャくんから、「一緒に曲を書いてください」と連絡があったそうで。それをきっかけに遠距離宅録バンドとして始まったのがKOI WA MOUMOKUというユニット。そこから最近になってChirizirisに名前を変えました。小川さんはHum Hum Sandwichというユニットもやっています。


10月13日のカセットストアデイには、Chiriziris単独音源とHum Hum SandwichとChirizirisのsplitの2作品発売された。

――シンガポールという国には馴染みがあったんですか?

マ:いや、一度も行ったことないです(笑)。
ただ、マーライオンというのはそもそも上半身がライオン、下半身は魚の形をしたあの像のことで。
それに、昔、僕の実家のマンションが東芝の社宅だったんですけど、その社宅の方々が旅行でしょっちゅうシンガポールに行ってたみたいで、お土産をよくもらったりしていたっていうのはあります(笑)。そういうところからなんとなく近い感覚の国として意識してきました。
でも、実際に行ったことがないから、漠然とした憧れとイメージしかない。そういう中でも、最近はシンガポールからも面白いバンドが出てきてますし、ジ・オブザーバトリーのようなバンドが日本にやってきたりもしていて、音楽面で親近感がわいてきてる人も増えてるきてるんじゃないかと思うんですね。僕自身もそうです。
だからってサシャくんからシンガポールの音楽をもっと紹介して欲しいと言う風には言われたことはないし、実際にそれが目的というわけでもないみたいなんですね。本当に彼はただ日本の音楽が好きで日本の音楽をもっと知りたいという純粋な気持ちがあるそんなミュージシャン。一人のリスナーとして日本のインディー・バンドに興味があってたくさん知りたいと思っているみたいなんです。僕はそういうところにすごく共感したんです。
でも、実際に僕はまだ彼と会ったことがないし、事前に必要以上に情報交換もしていないんです。Spotifyのプレイリストでお互いに好きなものを交換しているんですけれども、彼の音楽の趣味やバックグラウンドにある音楽が100%わかっているわけではない。サシャくんにとっても同じだと思う。
ただお互い、あらかじめ明確にしないでグレーの部分を残しながら一緒にやることが逆に面白いんじゃないかなという気がしているんですね。
今回、イベントだけじゃなく東京でサシャ君とスタジオに入る予定もしているんですけれど、その時まではあまりお互いの手の内を見せすぎないようにしておきたいなぁと思っています。お互いに妄想して想像しあって音を出した方が想像超えた面白さが得られるかなと思っているので。

――では、あくまでリスナーとして、今回初めて日本でライヴをやるChirizirisに対し、どういうところが魅力的だと感じていますか。

マ:とにかくサシャくんは声がすごくいい。もちろん曲もいいんですけど、あの声にはすごくもっていかれるんですね。映画音楽とかを担当したらきっとすごくいい作品を作るんじゃないかな。
例えばガールズとかクリストファー・オーウェンスとかが好きな宅録出身のインディー・アーティストが好きな日本のリスナーにも絶対に気に入ってもらえると思っています。

――サシャくんは具体的にどういう音楽を聴いてきた方なんですか?

マ:彼自身は割と王道のオルタナ・ロックを聴いてきたような人みたいです。スマッシング・パンプキンズのような。けれど、基本は宅録だから、曲がすごくたくさんあるみたいなんです。ストックが60曲以上あるらしいんですね。僕もその全部を知っているわけではないのでわからない部分はあるんですが、その1曲1曲のポテンシャルの高さやコード感がとても面白い。
実は、ギターのコードの押さえ方とかが載っている特殊な図面みたいなものを見せてもらったことがあるんですけど、あきらかに独学というか独自なんですね。しかも、それ、僕自身のギターのコードの押さえ方にとても似ている。僕は今までいろんな人とセッションやるたびに、変わったギターのコードの押さえ方だね特殊だねって言われてきたんですけど、実はサシャ君の押さえ方にもそのまま当てはまってんですね。
ただ、サシャ君は僕のそーゆー特殊な押さえ方のことをまだ知らない。実際に一緒にスタジオに入ったりしてみたらきっと彼も驚くんじゃないかな。そもそもコード自体が特殊というかあまり聞いたことがない和音とかも聞こえてきたりするんですよね。
彼はまだ20代前半で、聴いてきた音楽のルーツも違う。なのに今やろうとしていること、実際にならそうとしている音のプロセスがとても似ている。こういうことってあるんだなぁって思いますね。
僕は、わからないことが面白いっていうのが昔からあって。わからないからこその楽しさというか。かといってサシャ君がすごくわかりにくい音楽をやっているわけではない。むしろフェスとかイベントに出ても全く受け入れられない音楽ではなくて、彼らはフジロックのルーキーステージを目指していたりするんです(笑)。もっともっと彼らのことを伝えたいし、聴いてほしい。だから東京では植本一子さんに写真を撮ってもらう予定をしています。

――今回、そういう意味ではマーライオンさんはアーティストとしてという以上に、オーガナイザーとして関わっている意識が強いということですね。

マ:そうですね。今回僕はあくまで共演相手でありつつもプロデューサーとして関わる目線を強く持っていようと思っているんです。なので、ちゃんと計算してしっかりバックアップしてディレクションしていく姿勢を忘れないでいないと、と。僕、今まで自分絡みの作品でお蔵入りしちゃった音源とかプロジェクトがたくさんあって。でも、今回はそういうことは絶対したくないんです。本当に良いアーティストがシンガポールにいるという事実を知ってもらいたいし、絶対に多くの人に気に入ってもらえるという気持ちが今回特にある。だからイベントも企画するし東京でレコーディングをしようと決めているんです。日本には良い音楽をちゃんと聴いてくれるリスナーも、紹介してくれるCDショップもたくさんあると思うんです。それに、僕がマーライオンとしてやってきたことで生かしていきたいし、今までやってきたことで無駄になることはないだろうなと思っています。

チラシ型ステッカーを500枚配布。
ステッカー裏面からフリーダウンロードできる出演者3組によるコンピレーションアルバムも発表した。

最新曲「とんかつ道」が収録されている。

――今回のイベントに出演するsing on the poleは東京のグループだけどバンド名の語感がシンガポールに似ている、という理由で選んだと聞いています。そういうウィットのあるところもマーライオンらしくていいなと思いますが、一方でそのsing on the poleはayU tokiOの猪爪東風くんのレーベルからカセット作品を出したりするなど、東京の音楽シーンの中でも、あまりどこにも属さず飄々とユニークな立ち位置で活動をしていて、どことなくマーライオンの存在にも近い印象があります。

マ:そうなんですよね。そのayUさんにもすごく共感していて。今回、マーライオンのバンドの一員としてそのayUさんとやなぎさわまちこさんに加わってもらえることがとても嬉しいんです。なんかやっと僕自身の活動が回転してきたなって思えて……でもほんとに今年からですねここまで納得がいく手ごたえのある活動ができているんだって自覚が出てきたのって。
今はやる気もあるしやりたいこともたくさんあるし、それを形にしていくっていうことも見えてきているんですけれども、ここまで来るのにやっぱりいろいろ自分の中でも悩んだりつまずいたりもしました。多分ayUさんなんかもそういう感覚というのを理解してくれるんじゃないかなと思うし、ayUさんの新しいアルバム『遊撃手』を聴いても、今のayUさんが本当に充実していることがわかるんですよね。そういうayUさんとsing on the poleが繋がっているのも自分にとってはすごく自然だし当然だなとも思えるんです。

マ:sing on the pole、最初に聴いた時、とてもつかみどころがなくて。面白いなぁと思うんだけどどういう風に接していいかわからないしどういう風に紹介していけばいいのかわからない、でも、ふわふわしていて面白いなあって夢中になったんですね。まさに僕もそうだったからわかるんですけど、曲ごとに作風を変えてしまうようなところが彼らにもある。
だから、ぜひ一度ライヴを見たいって連絡をしてたりしたんですけど、結局一度もまだ生で見られてなくて。もうそれだったら出てもらったほうがいいやってなって、それで今回イベントに出てもらうことになったんです。とにかく曲はいいし、つかみどころはないけど、印象に残るんですよね、すごく。

――今回のこの《シンガポール祭り》は、今のマーライオンの活動の本質を象徴するような、一種の価値観を象徴したようなイベントなのかなという気もしています。

マ:そう言ってもらえると嬉しいですね。結局どこまで誠意を持って音楽やれているのか、そこに尽きると思うんです。そういうことを突き詰めて良い音楽に接していると、誠意を持ってやっている音楽家たちは自然につながっていくのかなって気がしているんですね。
今回の出演アーティストたちはまさしくそれで、みんな、なんとなく楽しいからやっているっていうだけではなくてちゃんと信念と誠意がある。でも、そういう誠実な態度で音楽に向き合ってる人ってどんな時代にもいると思うんです。昔は、僕が企画するイベントって音楽性でつながるわけじゃないし、ただほんとに面白いなと思う人たちに声をかけて出てもらってる感じだったんですけど、今思えば僕誠意を持って誠実に音楽を届けようとしている人たちを誘っていたのかなって気がしています。
それに気づかせてくれたのは、やっぱり『ばらアイス』ってアルバムだったり、それを聴いてくれた人たちだったり、『ばらアイス』のアナログ・レコードを出そうって声をかけてくれた曽我部恵一さんのローズ・レコーズだったり…。そうやって背中を押してくれた人たちが自分の中で大きな自信になっていたのかなと言う気もします。それによって僕自身、熱量が変わってきたんですかね。
だから今回の《シンガポール祭り》も実現できるようになったのかなと思っています。ちなみにマーライオンとしては新作も実はもう録音していて。来年には新作を出せそうな感じもしています。
お笑い芸人さんの中には弾き語りのライブをやりたいって言っている人がいるんですけど、そういうような人にも声をかけて何か一緒にやれたらいいなと思っています。間口を広げながら、多くの人に伝えていけるような事はこれからもできればいいなと思っています。

――では、最後に、《シンガポール祭り》、当日はどんな感じになりそうですか?

マ:僕が司会をすることになるかもしれないです(笑)。
でも、とにかく出演アーティストはどれも素晴らしいので頭からぜひ見てほしいですね。僕のマーライオンバンドには厚海義朗さん、やなぎさわまちこさん、ayUtokiOさん、Chirizirisには東郷清丸さんのバックをサポートしているドラマーのhirotomo kauaiさんもいますし、僕自身はChirizirisのギターも担当します。当日は『ミンキッチン』というフードの出店もあってアジア料理を出してもらう予定もしています。ぜひともたくさんの方に遊びに来て欲しいですね!

当日のFOODメニューは海南鶏飯とスープの2種になります!美味しそう!
撮影 ともまつりか

マーライオン Website
NIYANIYA RECORDS Website


NIYANIYA RECORDS企画『シンガポール祭り』

長野編 2018年10月27日(土曜日)
会場:長野松本give me little more

出演
●マーライオン
●Chiriziris Acoustic Set(Tokyo &Singapore)
●Hum Hum Sandwich
●コスモス鉄道
●マンチカン
●DJ nu

東京編 2018年11月4日(日曜日・お昼)
会場:下北沢three
open12:30 start13:00 終演15:10

出演
●マーライオンバンド
Vo.マーライオン
Gt.猪爪東風(from ayUtokiO)
Bass 厚海義朗(from GUIRO) 
Dr.石川さん Tp.荒谷響 Key.やなぎさわまちこ

●Chiriziris(Tokyo⇄Singapore) https://chiriziris.tumblr.com/
Vo.Sasha Bass.Fumina
(サポートメンバー)
Gt.マーライオン 
Dr.hirotomo kauai Gt.YOULA

●sing on the pole https://twitter.com/singonthepole

●FOOD
ミンキッチン

チケット代 2,500円(D代別) threeパス 1,500円(D代別)

チラシイラストはIllustratorぺ子氏の描き下ろし! http://syoyuonigiri.tumblr.com/

日曜日の昼下がりにシンガポールへ(勝手に)リスペクトを捧げるイベントです。
ご来場をお待ちしております。